2007年8月20日月曜日

五里霧中~ガソリン,灯油投資へ

あれよあれよと言う間に20日余りのうちに50万の損失を出しました。その頃は売買記録のとり方もままならず、何枚仕切って(反対売買)建て玉が何枚残っているかの定かではありませんでした。値動きも携帯に送られてくる前引け、大引けを見ているだけでした。その後30万の証拠金を追加し、13万の損失、更に12万を追加して今度は15万の利益を出しました。今にして思うと商品先物取引の何たるかを理解しないまま、取引員の言われるがまま大切な資金を良いように使われていました。

しかし、商品取引たる物知識の無い者が負けるようにできており、所詮他人の金で取引している取引員は追証の管理くらいにしか役に立たない事を学ばなかった私が愚かだったのです。

15万の利益が出たその場で中部ガソリンの取引を勧誘されました。本当に無知な私は利益が出た後の客のガードが甘くなっているのをまんまとつかれてガソリン取引に引きずり込まれたのでした。
中部ガソリンは証拠金が他の商品より安く、そのためリターンは低いのですが資金の少ない投資家には敷居の低い市場です。
その意味では今回の誘いは間違った物ではありませんでした。

今までの取引でいくつか基本的な取引手法を覚えました。
商品先物取引は買いだけでなく、
価格が下落すると予測されれば売りの建て玉を立てることができます。
このシステムはそれに加えて自分の建て玉を守るヘッジとしても利用する事ができます。
つまり、自分の建て玉の関連性の高い商品を売買反対に建てると言う方法です。
たとえば、金の買い玉を持っているとき価格が下がってきたとき、プラチナの売り玉を建てる事によって、たとえ金の価格が下がったとしても同じ方向での値動きのプラチナの売りで利益がとれ、損益が相殺されると言う物です。

これにより、追証を回避する事ができるのですが、逆に損玉を持ちすぎる事によって大きな損益を出してしまうデメリットもあります。損切りしないですむので、なんとなく損失が出ていないように感じられるのですが、それが大きなお年穴になるのです。

取引員は損切りを嫌い、自分からは消して損切りを言い出しません。損をする取引は勧め辛い点もあるかと思いますが、できる限り客を長く売買に縛りつけ、離れられなくするテクニックでもあるのです。

私の商品取引をめぐる冒険は先の見えない霧の中を手探りをしながら取引員に奥深く引きずり込まれていくのでした。

2007年6月1日金曜日

顧客サービス部の訪問

その後数日の間言われるがままに売買を続け(常に何かしらの建玉があり、その損失をヘッジするのに新規に玉を建てるか損切りするかを迫られる)、数日のうちに損失は総投資額140万に対して50万に上っていました。

その折、契約開始後からアポイントを申し込まれていた顧客サービス部の人間が会社を訪れました。彼の主な目的は、外務員が違法な手段で勧誘をしていないか顧客を訪問して確認することです。彼は50歳くらいで元外務員をしていたが定年前にこの部署に来た、といった雰囲気でした。彼は手際よく自分の役割と勧誘時に故意に説明を省いた点がないか確認していきました。今となっては、外務員が何を言って何を言わなかったのかすっかり忘れていたのですが、客に確認しなければならない項目には、ガイドに漏れなく説明時に外務員が付けたアンダーラインが引かれていました。全く手際のいいことです。

何か困った事はないか聞かれたので、追い証拠金の仕組みについて説明を求めました。彼は電話口で自社社員がなんと言ったか聞いてきたので、理解しないまま書き取ったメモを読んで教えました。彼はにっこり微笑みました。そうここでも不正は全くなかったのでした。

気持ちの治まらない私は商品取引会社の情報不足に苦情を言いました。本屋に行っても株の本は山ほどあるのに商品取引の本はほとんどない。せめて推薦する本か何か教えて欲しい、と訴えたのですが、彼はまたもやにっこり微笑んで
「取引のやり方は千差万別でこれをやったら絶対利益が出るという方法はありません。こればかりは慣れて貰うしか御座いません」

目的を果たした顧客サービス部員は頭を下げたあと悠然と帰っていきました。
保証金という人質をとられた私は彼らに手の上で踊らされている事を強く感じました。
しかし建玉のポジションは今仕切れば確実に大きな損害になるので、撤退する事もできません。
今諦めるのは敗北以外何ものでもありません。このままでは騙されることもなくただ損をしたということになってしまいます。もう損は十分しているのだからなにか掴まなければやめるにやめられません。

たとえ失敗しても何かを得た実感がなければ撤退するわけにはいきません。
この気性が今まで私の人生で吉と出ていました。しかしこと相場に関してはどうなんでしょうか?

2007年5月16日水曜日

初めての利益

この追証騒動の過程で「金」の買4枚を仕切っており、これに伴い取引開始より僅か5日目で193,600円の損失を追ってしまいました。初心者としてはなんとも情けなく、ヘコみましたぁ。

ここで恐怖心に駆られた初心者は価格が少しでもプラスになればすぐにでも手持ちを玉を手放したくなるのは人情です。さっさと残りを売っぱらって今のうちに撤退すれば被害は最小限に抑えられます。

2日後2006年7月13日残りの建玉をすべて仕切りました。そのとき仕切るべきかどうかなんて全く分かりませんでした。あるのは恐怖だけでした。この仕切りによって48万の利益がでました。何とかこれで心の平静さを取り戻すことができました。

そこですかさず取引員のK氏「次は売りを持ってみては如何ですか」とすかさずクロージングをかけてきました。取引員の立場に立ってみると今が正念場です。これで清算されてさっさと撤退されては商売になりません。

しかも電話の向こうのさっきまで青い顔をしていたシロウトは利喰ったばかりで欲が顔を見せています。その欲に贖う事のできなかったシロウトは言われるがままさっき仕切ったばかりの金10枚売りをすぐに出してしまいました。

取引員にとって利喰ったばかりのシロウトにはすぐにでも次の玉を建てさせるのは鉄則のようです。商品先物取引を始めてまだ利喰っていないそこの方、彼らはその後必ず次の建玉を勧めてきます。もちろん決めるのはあなたで結果はあなただけに帰ってきます。(性格には客がどうなろうとも取次店は手数料が入ります)

慎重に考えて結論を出すことをお勧めします。

2007年5月10日木曜日

追証の洗礼

「金」を取引するにあたって価格をモニターしなければと考え、先ずはケータイサイトから東京工業製品の前引け(午前の終値)と大引け(当日の終値)がメールされてくるサイトに登録をして、昼と夕方値動きを見ることにしました。この時点でそれを時系列的に記録する事はしていませんでした。今となっては既に認識の甘さが露呈していたと反省しています。

取引員から「宜しくお願いします」電話が入りました。数日は平穏な日々が過ぎ、取引を始めて5日後珍しく取引員のK氏より連絡が入りました。

「追証拠金の追加が必要になりました。」とK氏。
私は何が起こったかわからず軽くパニックになりながらその理由をK氏に聞きました。
金の場合実際の取引の1/100の証拠金により取引をしている。そのためテコの作用で大きな利益が見込める。
それは損失についても同様で値動きの100倍の大きさで損失も膨らむ。
そのため思わぬ損失を出さないため投資額が半分になった時点で新たに証拠金を追加しなければならない。
と言った物でした。

今思えばなんと迂闊な確かに追証拠金の説明は取引開始時点に外務員から確かに説明を受けていました。
重要なことは押さえていたつもりだったのですが、全部を把握するのは不可能だったのです。
そもそもそういう自他になることが分かっていれば初期投資を半分にしていたのですが、そこは外務員のテクニックで余裕のあるお金の全てを突っ込んでしまっていました。
こんな事が今まで数え切れないくらいありネット掲示板にも「○○社の外務員にだまされた!」系の書き込みが絶えないのでしょう。

私の考えとしては少なくとも私と付き合っている取引会社の人々は決してルール違反を犯さず、グレーゾーンぎりぎりの線で会社や実績に貢献しようとがんばっていると思います。私も人にかかわる仕事についているので顧客に自社品の使用に誘導をしている部分がないとはいえません。その関係でどう彼らと関っていくかを考え、自分で判断していくことが顧客として必要なのではと今では感じています。

当時のやり取りに戻ります。追証制度の概要を説明してもらいましたが、前回の説明はすっかり忘れており早くも損失が発生している事への混乱からさっぱり理解できませんでした。
この時点ではどういうオプションがあるのか聞いてそれを選択するしかありません。
K氏の示した選択肢のうちに白金(プラチナ)の売を持つことになりました。
22万5000円を追加して白金4枚の売を言われるがままどんな仕組みがあってそうするのか分からず建てたのでした。

取引開始5日にして早くも挫折を味わったのでした。

2007年5月1日火曜日

北朝鮮によるミサイル発射実験

'06/7/5
北朝鮮によるミサイル発射実験が行われた[1]。短距離ミサイルノドン2号スカッド、長距離ミサイルのテポドン2号などの計7発の弾道ミサイルが発射されたと見られている[2]。すべてのミサイルは日本海に着弾した。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB%E7%99%BA%E5%B0%84%E5%AE%9F%E9%A8%93_(2006%E5%B9%B4)

その週は大変忙しく月,金,土,日,と出張が入っており、その準備と東京での外勤が詰まっていました。
朝10:00にまた例の外務員から電話が入りました。電話を受けるまではミサイル発射のニュースも知りませんでした。

彼は興奮した口調で
「北朝鮮からミサイルが発射されされました!! 今後有事に発展すると金の上昇が見込まれます!買いを入れる場合は早くしないと値が上がってからだと手遅れになります!」
まくし立ててきました。とにかくもう一度状況を説明させてほしいと言うので、昼休みの間ならと応じました。

今回は彼だけでなく、手馴れた先輩格の外務員が同行していました。
話の筋は通っており、私のほうでもニーズはあったので、ネットトレーダーになる前の準備運動を兼ねて投資することを承諾したのでした。

この手の投資はリスクが伴うため業界で取り決めてある重要事項説明が行われました。
説明は初めて聞く単語も多く、3~40分程かかりました。
メモを取りながら集中して聞いていましたが、何が重要なのかが判らない事もあり全てを理解することはできませんでした。

次の日現金を用意し証書と手交することとなりました。
2006年7月6日 金 2,360 11枚 〆て99万円 
遂に私の投資をめぐる冒険がスタートしたのでした。

2007年4月26日木曜日

商品先物外務員との遭遇

今から約1年前のことです。初めて商品先物取引外務員なる物に会いました。
彼は30代半ば位か少しよれ気味のスーツに大きな黒かばんを持ってよく言えばにこやか、悪く言うと妙にニヤニヤして少しキモめの出で立ちでした。

年の割にはセールスに慣れていないようで、研修で習った質問をしては今いかに金の投資が良いかをとうとうと語っていました。

その時点で私は将来の自分の資産に不安を感じており、何かしらの投資先を探していました。
しかし、私も人に物を使ってもらう仕事をしておりそのスキルに関してはちょっとうるさかったので、どうしても彼のクロージングに首を立てに振りませんでした。

彼は困り果てたように「お客様が躊躇されている壁とは何なのでしょう?」
と聞いてきたので、
「強いて言うならあなたの営業スキルの低さです」
と言ったらしょんぼりして帰っていきました。
これが商品取引業界と私のファーストコンタクトでした。

2007年4月23日月曜日

商品先物取引との出会い

投資といえば先ず思い浮かぶのは「株」だと思います。実際huckもインターネット株式口座を開設、50万円を入れ、四季報CD-ROM版を購入しいつでも株取引が開始できる手筈を整えました。

しかし、なぜか始める気にならず半年以上たなざらしにしていました。株式投資の本も何冊か読みましたがどうもピンと来ませんでした。そんな折勤務先に1本の電話が入りました。

「金の先物取引にご興味はありませんでしょうか?」

先物取引といえば株式投資より更にリスクが高いという事ぐらいは知っていました。
何事も経験と思った私は、会社に来てくれれば昼休みの時間くらいならと約束をしたのでした。

この軽い気持ちが私を投資をめぐる冒険の第一歩となったのです。